発売から14年、謎に満ちた「真のオリジナル」がついに登場。デザイアといえばそのユーザー数からSSやPSなどのコンシューマ機用というイメ ージが一般的だが、数多く発売されたシリーズのルーツであったPC-9801が初のサントラ化。YM-2203、2608、2609(仮想音源)を経て、堆積した 技術と情熱はUnlimitedバージョンで咆哮を上げる!
Disc A
Disc B
いうまでもなく、1994年にC'sware(姫屋ソフト)から発売された「菅野・梅本コンビ」の出世作である。当時は画期的だった「マルチサイト(複数視点)システム」上で構築され、単なるオムニバスではなく、同じ時刻に起こった出来事を複数の視点から見るような感覚で物語は進んでゆく(この手法は後に「EVE Burst Error」へ継承されていく事となる)。
舞台は「デザイア島」という研究施設で、記者のアルバート、研究員のマコト、それぞれのシナリオをクリアすると研究所長であるマルチナ編が現れる。そこで全ての伏線は衝撃的な解決をみることになり、副題通り「背徳の螺旋」を描き出す。
設定は現代だが、量子力学的な概念や、研究施設が舞台である事から、梅本は「近未来的」「無機質」といったイメージを得て、それを「モールス信号」というユニークな形で表現している。それぞれのモールスには意図があり、サントラのジャケットにその意味するところを漏れなく纏めておいたので、是非ご覧になりながら聴いてみてほしい。
アルバート編、マコト編、マルチナ編……。デザイア島に漂着した謎の少女「ティーナ」は、その三編を通して、徐々に悲しみの螺旋へと引き込まれていく……。
ゲーム本編が「マルチサイト」であったように、サウンドトラック「DESIRE The Origin」にもマルチサイトが仕込まれている。仕掛け作りを好む梅本竜が自ら直接録音/編集/構成しているのだから、それも当然の帰結といえるだろう。
【側面1:全てはここから始まった】
いくつか存在する「DESIRE」シリーズのなかで、「FM音源」で音楽を奏でるのは、全ての原点となったPC-9801版のみである(移植版はすべて「PCM音源」で再構成されている)。
ゲーム音楽の歴史は、「PSG音源」を起点とし、「PCM音源」で頂点に到達する。「FM音源」はその狭間に存在する、ある種の「特異点」と考えることができる。PSGを非現実の極みとするならばPCMはリアリティの極み、FMは丁度その中間で「非現実と現実」の両方を持ち合わせている。いっぽうゲームとは、非現実の持つ「イマジネーション」、現実の持つ「イマーシヴネス」(没入性) その両方を持ち合わせて初めて成立するメディアである。FM音源はそういう特徴と高い親和性を持つ、正に唯一のシンセサイザーといえるかもしれないわけである。
【側面2:進化】
今回は「YM-2203版」以外にも、「YM-2608版」「YM-2609版」「Unlimited(限定解除)版」を併せて収録している。それぞれ人気の高かった楽曲を自身の手でアレンジしたものだが、音源チップが時代を経る毎に、まるで長い時間をかけて地層で「ろ過」されて行く清流の如く、理想的な形へ進化していく様が読み取れる。YM-2608はスピークボードのフルスペックを利用したバージョン、YM-2609は現代のPC上へ論理的に形成された「自由度の高い仮想FM」を利用したバージョン、UnlimitedはFM音源と他音源の混在を考慮に入れた上で音源や容量的な制限を一切解除したバージョンとなっている。通常、FMと現代的なシンセサイザーは音響特性的に馴染ませるのが難しいとされているが、作品に対する梅本の思い入れと執念がそれを可能にしている。恐らく今後の新作はこれに近い形態で展開されていくことだろう。
【側面3:歴史のIF】
昨今のゲーム音楽は、利用できる音源スペックの高さから、多くは「映画サウンドトラック」的もしくは「アニメ劇伴」的になりつつある。皮肉なことに、機械がスペック・アップする毎に「ゲームらしさ」が少しずつ失われていっているのである。
移植には関われなかった梅本だが、「仮に自らの手で移植していたらどうだっただろうか」「仮にゲーム音楽が違う方向へ進化していたらどのような形が考えられるか」というシミュレーション的アプローチを重ねて、今回のYM-2609版やUnlimited版を構築したのだという。
もしそれが本当ならば、これは単なる「サウンドトラック」を超えた、仮説に基づいた「音の論文」といっても過言ではないのかもしれない。
本当の意味での「ゲーム音楽」が消滅してしまう前に、少しでも歯止めをかけられないものか……彼の意思と切実な想いが、読み取ろうとするまでもなく問答無用に伝わってくる、そんな仕上がりだ。
【YM-2203版】
PC-9801実機にスピークボード※を接続し、当時梅本が作曲していたのと全く同じ環境で録音されている。PC-9801でプレイした方は寸分違わず衝撃の物語を思い出せることと思うし、コンシューマ機でしかプレイしていない、ゲームそのものを遊んだことがない方であっても「いまだ聴いた事のない新世界」を堪能できるだろう。
※PC-9801で一時期カルト的な人気を誇ったレアな音源ボード。86音源の登場まで、とくにコンポーザーたちに重宝された。
【YM-2608版】
同人音楽ディスク「緑水ディスク」だけに収められた幻のデータ。緑水専用のADPCMファイルがないと再生出来ない為、このバージョンを聴いたことのある人間は極めて限られるというレア音源だ。YM-2203版と同様スピークボードから録音している。
【YM-2609版】
ヤマハが開発したFMシンセサイザーに「YM-2609」なる型番は存在しないが、「完全なるPCM音源へ以降する前に、FM音源があと一歩進化していたとしたらどうなっていただろうか」という仮説に基き、梅本によって構築されたバーチャル音源がYM-2609だ。実際にはVSTiホストである「SynthEdit」上に、フリーソフトシンセ「VOPM」や世界各地のVSTiを組み合わせることによって形成され、PCMの発音数やメモリ使用量は意図的に抑えられている。
【Unlimited版】
「『DESIRE』の作曲依頼を受けたのが今だったらどうなるか」という仮説を具現化したら、きっとこのような形になるのだろう。YM-2609版をベースに、FMテイストは残しつつ、かつ現代的シンセサイザーが持つ迫力のおいしい部分だけを取り入れて、両者を見事に調和させている。YM-2203が本来の意味での「The Origin」とするならば、Unlimited版もまた、「梅本にしかできない「DESIRE」」という意味で真の「The Origin」といえるかもしれない。